歌詞アルバム【The Apples】の中に収録されてる曲で、とてもポジティブな
歌詞とノリノリな曲調で結構好きな曲だったりする。
ライブでもやっぱりノレたし、普段あまり歌詞を重んじない(自分の音楽
活動では語感的な物が多いので)俺も彼の作品ではよく歌詞を見る。
そして現実の自分と向かい合う事をしている。
歌詞にある、
幸せの中に不幸が、不幸の中に幸せがありませんか?
という部分がかなり効くんよね~。
幸せと取るのか不幸と取るのかは人の価値判断だ。
だから例えば俺が不幸と思ってる事が他人には不幸でない場合もある。
まあ、どう考えても幸せであるとは到底思わないけどね。
どう考えてもおかしい会社での勤務状況、恋愛しててもどう考えても
理不尽な事、もろもろ挙げていけばキリがないけど上の歌詞のように
思える時ってもしかしたら翌日からそう思うかもしれないし、
下手したら死ぬまで納得出来ない、不幸であった、って認識で
生きていくかもしれない。
不幸の中に、でも確かに幸せだ、と思える瞬間はあったんよね。
今はそう思えるけど、じゃあその最中に思えたのか?
答えはNO!!やね( ´⊿`)y-~~
そう思えないから人は人を傷つけ、自分を傷つけ別の場所に行く。
そこでまた戦いが始まる。
俺はこの歌をそういった観点で聴いてるんよね。
バランスを失ったままの今の俺ではどれが自分らしくて、どれが
自分らしくないのか、それを自問自答している。
結果として、吉井和哉という優れた人間がこういった音楽を
作ってくれるお陰で気づく点も大いにある。
あの時愛し合った事も傷つけあった事も、仕事でぶちきれた事も
バンドが分解してしまう事も音に酔えた事も全部半分づつで
返ってくる、とは全く思ってもないしそこは否定したいけど
でも時間が経って考えてみると
不幸の中に幸せもあったんだよな
って気づく歌なんよね、俺にとっては。
そしてそれは死ぬまで続く。
だから生きてる以上は戦いなんだな、とそういった解釈なんやけどね。
良かれと思ってやった事が自分に跳ね返りそれを不幸と思ってたり
まあ、色々あるんやけど、幸せとは思えないけど思えば当たり前のように
やってる日常、美味しい物を素直に美味しいと思える自分だったり
そういった健康状態だったりに感謝とか、そういった類の事では
実は日々の中にあるんだな、って言われなくても分かってるんだよ。
自分がそう感じない、それだけなんだよ。
後は上にも書いたけど、解釈の違いなんよね。
小さな事から幸せってあるもんだと思ってるけど、同じ災難が来たら
ああ、またかよ!って思う自分も居るし、通過した結果ああ、
不幸の中にも幸せってあったんだよな、って言えるけど、後に同様の
事があったら対処できるのか?って言うたらできないかもしれない。
免疫はあるけど、逆に拒否反応が出ると推測出来るからだ。
全ての人に対する鏡のような歌詞に、やっぱり吉井和哉って
凄いわ、って唸らされる曲なんよね。